伝記とわたし

お葉というモデルがいた―夢二、晴雨、武二が描いた女

お葉というモデルがいた―夢二、晴雨、武二が描いた女

竹久夢二のモデル(というか運命の女)として有名な女性について書かれた本、にしては、夢二の描写がいただけないかんじで、読んでいる最中、かるく不快*1で、この本はどういうスタンスで・なにが書きたかったのだろう、と不思議だったのですが。あとがきを読むと、お葉さんに対して、好意的に書かれた文献が少ないことに憤りを感じたことが執筆の原動力で、夢二に対しての思い入れはまったくないそうで、それはなるほど。と頷かされました。実際、お葉さんに対する文献自体がかなり少ないらしく、この本も、だいぶ推測で書かれています*2。それで、読み終えて思うのは、対象もしくはその人生に対して、愛を持っていない人物伝は、読んでいてちときつい。ということです。

この本の前に読んだ人物伝が、これだったせいもあるのかも知れないけど。

「父の絵具箱 / 武井三春」
これは、娘さんが書いたものなので、―ただでさえ、たいていの娘さんはファザコン気味だと思うし、父親を尊敬する娘さんの書いた文章はかなり客観性に欠けるんじゃないかと思う(例:森茉莉)のだけれど、それを差し引いても*3― 全編、愛と優しい視線にあふれていて、よかったです。新婚当初の赤貧エピソードも、ユーモラスに語られ、アッケラカンとほほえましいし、武井武雄のあそびごころが語られた、「ジャズ・マニア」という章は、すてきですてきで、読んでいてわくわくしどおしでした。ジャズマニア、と云っても音楽のことではなく、自転車の遠乗会のことなのだけど、だいの大人がボーイスカウトのようなポーズで集合写真を撮ったり(衣装がモダンでお洒落!)*4、銀座の高級カフェーでエログロ弁当コンクールをひらいたり(どんなお弁当か書かれていないのがすっごく残念。遊び心あるコダワリ屋さんの集まりだもの、ほんとにすごかったんだろうなぁ、エログロ弁当‥ どんなだったんだろ‥ 想像もつかないや)
そうだ、人物伝や人生には、ユーモアが必要。そんなふうに思いました。

*1:男女関係って、とくに、長く続いた男女関係って、どちらか片方だけがダメってことは、ないと思うから。どちらも同じくらいダメ、もしくはすてきだったのだと思うから、夢二ばかりを責めるのは、おかしいと思う

*2:最初のほう、責め絵画家と関係を結ぶところは、推測だがーと前置きしながら、やすいポルノみたいなものが始まってしまったので、あれあれおっさんの暴走が始まっちゃったよ‥といったん休憩して本を閉じると、作者が女性だったので驚きました

*3:差し引く必要あるのかわかんないけど。でも、先の本に対してあまり不公平な感想を書くのは失礼だと思い、多少、引いてみました

*4:写真のページ(P105)やこの章全体、イメージ的にヌマ先生とだぶります。かっこいいのだ